バングラデシュにおける女子教育の意味とは?

バングラデシュにおける女子教育の意味とは?

バングラデシュで起こった悲劇

2019年4月6日、バングラデシュ全土が震撼するショッキングな事件が起きました。

「セクハラ被害を訴えた女子学生が火をつけられ殺害」

殺害されたのは、当時19歳だったヌスラト・ジャハン・ラフィさん。

いったい彼女の身に何が起こったのでしょうか?

事の発端は事件の約10日前の2019年3月27日です。イスラム教の神学校で勉学に励むヌスラトさんは校長室に呼び出され、校長に不適切な方法で体を繰り返し触られました。ヌスラトさんは事態がエスカレートする前に校長室から走って逃げ出し、そのまま家族と一緒に地元の警察へ被害届を提出しました。

ヌスラトさんは小さな町の保守的な家庭の出身で、彼女のような立場の弱い少女が性暴力の被害を訴えると、彼女自身が不利益を被る可能性もあります。被害者なのに地域の人たちから非難されたり、嫌がらせを受けたり、ひどい時には暴力を振るわれたり。ヌスラトさんはそういったことを顧みずに被害を訴える勇気を持った勇敢な少女でした。

被害届提出をうけて、セクハラをした校長は後日警察に逮捕されました。すると人々が通りに集まり、校長の釈放を訴えたのです。このデモを始めたのは二人の男子学生で、地元の政治家も参加していたそうです。ヌスラトさんは被害者であるにも関わらず集まった人々に非難されました。

そんな辛い日々の中でも、ヌスラトさんは期末試験を受けるために登校しました。登校した日、ヌスラトさんは「友達が殴られているから助けてほしい」と女子学生の一人に屋上に連れ出されました。

屋上に行くと、そこには殴られている人などおらず、4,5人のブルカというイスラム圏の女性が肌を隠すために身に着ける布を被った人達がヌスラトさんを待っていました。彼らはヌスラトさんを取り囲み、校長への訴えを取り下げるように指示してきました。しかしヌスラトさんは要求に屈しませんでした、きっぱりと拒否したのです。

すると突然頭を押さえつけられ、さるぐつわをかまされ、縛られて灯油をかけられた後に、火をつけられたのです。犯人達はヌスラトさんに火をつけた後、現場を逃走しました。自殺に見せかけて殺害しようとしたのです。

ヌスラトさんは命からがら助けを求め、救助され、地元の病院に運び込まれました。しかし、やけどの範囲が全身の8割以上にもわたっていたため、首都ダッカの大学病院に運び込まれました。救急車の中で、ヌスラトさんはこう証言しました。

「先生が私に触った。命が尽きるまでこの犯罪と戦う。」

しかし、大学病院での治療も儚く、ヌスラトさんは4日後の4月10日に亡くなりました。地元で行われた葬儀には何千人もの人々が参列したそうです。

その後、警察は殺害に関わった7人を含めた15人を逮捕しました。そのうちの2人は校長を支持するデモを起こした男子学生です。校長も5月現在服役中です。


なぜこのような事件が起こってしまったのか?

さて、この事件はここで終わりではありません。

なぜこのような悲惨な事件が起こってしまったのか考える必要があります。

まず、事の発端となった校長による性暴力についてです。

女性の権利保護団体、バングラデシュ・マヒラ・パリジャドによると、バングラデシュでは2018年に940件の強姦被害が確認されており、調査チームは実際の数はもっと多いと主張しています。被害を受けても世間体が悪くなることや嫌がらせを受けることを恐れて被害届を出さない女性が多いのです。

次に、事件を大きくした校長釈放を要求するデモについてです。

デモを始めたのは2人の男子学生でした。なぜ彼らはデモを始めたのでしょうか。過去に起きた多くの強姦やセクシャルハラスメントといった事件では、人々は被害者側を非難してきました。「被害を受けるほうが悪い」、「被害を受けることは恥ずかしいことなので公言すべきではない」。こういった考えは彼らからすると、普通の感覚だったのかもしれません。

これら2つのポイントは両方とも、女子の教育が行き届いていないことが原因と考えられます。

バングラデシュの女性は、人口の約半分を占めているのにも関わらず、その歴史上、国家的・社会的・宗教的に男性と平等の権利を享受することができませんでした。

その権利のうちの一つが、教育です。

きちんとした教育をうけておらず、知識がないため、自分自身の基本的人権に気づいていないのです。そして、その権利に気づいていない女性たちは声を上げることをせず、または声を上げてもきちんとした教育を受けていないからと無視され、社会的差別の犠牲になってきました。多くの成人女性、少女たちを人権侵害の伴う生活に強いてきた結婚や別居、離婚に関する属人法もこの一例です。

こういったことはすべて歴史的な過程から引き継がれています。現在は改善の兆しも見られるものの、ヌスラトさんが住んでいたような地方の農村部では、いまだに女性は家庭を切り盛りするために生まれてきたとされ、就学率は男性の7割程度にとどまり、地位は低いままです。

人権が奪われる最大の原因は基礎学力の欠如です。そのためバングラデシュ政府は、1990年の「万人のための教育 Education For All(EFA)」に調印して以来、初等教育の完全普及に取り組んできました。その結果の一つとして、女子の就学率は男子を上回り、教育へのアクセスにおける「ジェンダー格差」は解消されたとバングラデシュ政府は主張しています。

しかし、公立学校でも男子寮しかなかったり、障害の持つ女子には教育へのアクセスが保証されていなかったりと、歴史的にさまざまなイデオロギーを経てきた社会を克服することはて容易ではありません。

私たちにできること

だからこそ多くの政府、NGOが協力して、女性の人権確立のために活動しています。これらの活動が続けば、女性が十分な教育を受けることができ、ヌスラトさんのような被害を受ける女性や社会的差別の犠牲になる女性を減らすことができるでしょう。

2018年バングラデシュ渡航時、女子校での一枚

STUDY FOR TWOでは、「勉強したいと願うすべての子どもたちが勉強できる世界に」という理念を掲げ、Room to Readさんのバングラデシュ女子教育プロジェクトを支援しています。あなたが大学生ならば、使い終わった教科書をSTUDY FOR TWOに寄付して頂くだけで、子どもたちの教育支援につながります。一緒により良い世界を見ませんか?

2017年バングラデシュ渡航時
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