支援のカタチ

支援のカタチ

 

 こんにちは。STUDY FOR TWOで北海道・東北・中部・中四国地区代表(長いですね、笑)を務めていました、広島大学の小倉萌です!
 2月にバングラデシュに建設した学校を見てきました。そこで見てきたもの、感じたことをブログという形で皆さんにお伝えできればなあ、と思います。

 


 

バングラデシュに行ってきました。

 

 世界最貧国の一つであるバングラデシュ。今回私たちが学校建設を行った国です。

 

 外務省によると、テロに対する特別警戒のため、不要不急の渡航を中止するようにとあるような国です。私たちは学校視察という重要至急な要件だったために渡航してきました(個人の見解です)。

 

 ところでバングラディシュという国がどこにありどんな国か知っていますか?

・・・・・私は知りませんでした(笑)

 

 バングラデシュはインドの東に位置し、川にも海にも恵まれた国です。日本との時差は3時間。意外と近いですよね。インドの隣国と言うこともあり、米文化でカレーをよく食べます。控えめに言ってすごく辛いです。宗教の色も濃く、地域差はありますが、イスラム教とヒンドゥー教がほとんどでした。

 

 

 

 私たちが建設した学校は首都ダッカから車で(ノンストップで高速並にぶっ飛ばして)8時間ほどの所にあります。

 薄い水色で淡いピンクが差し色のかわいらしい校舎です。 元気いっぱいの中学生が私たちを出迎えてくれました。

 

 

 

 今回、私たちは学校と図書館を建設すると同時に、女の子の教育プログラムも提供させていただきました。

 私たちが訪問したクラスでは、女の子たちが教科書を読んだりディスカッションをしたりと、ほぼほぼ日本と同じような学びの風景でした。

 

  外務省のデータによると、バングラディシュの識字率は60パーセント程度。義務教育期間の小学校でさえ、入学時の就学率は100パーセントに近いものの、卒業時にはクラスの2.3割の生徒がいないそうです。

 

  そのような教育水準の中で、私たちが訪問した学校では、読み書きを学び、友人を作り、夢を語る、

勉強したいと願う子ども達が勉強できている環境がありました。

 

 


 

私の考えるボランティアのカタチとは。


 「ボランティアは自己満だ」

 

と揶揄されることがありますよね。

 

 私自身、自分が行っている活動に対して本当にそうなのではないかと思った事もありました。

 

 それに対して、私は自己満足でも目の前に救われる人がいるならばそれで良いと活動を続けてきました。

 しかし、今回の訪問で、やっぱりボランティアは自己満で開き直ってはいけないと感じました。

 

 それは、今回私たちは学校建設という、後世にまでカタチとして残る支援をしたからです。学校を建てただけでは、それこそ「自己満足」。自己満足なボランティア例としてよくある、井戸を掘ったがその後の管理方法にはノータッチだったため結局使われなくなったという話や、震災被害のニーズのないボランティア活動展開が目立った例など、社会的に「価値がないのではないか」と疑問視されるボランティアと一緒なわけです。

 

 私は、自己満足なボランティアかそうではないかは、「責任」の有無にあると思います。他者や外部環境に対する責任の自覚がないから、自分の満足感のみで終わってしまう。ボランティアでも、自分の充足感のみで活動を行っているならばそれは自己満足ですよね。

 

 しかし今回、初めて学校建設という支援の成果を出しました。しかし、学校はあくまでも勉強したいと願う子どもたちが勉強の機会を得る「ハコ」です。ここで私たちの支援を途絶えさせては自己満です。子どもたちがこのハコを使ってきちんとした教育を受けることで、はじめて学校を建てた意味が出てくると思います。

だからこそ私たちは支援を続けなければいけません。

 

私たちは支援を続ける必要がある。団体として存続し続け、成果を出し続ける必要がある。

 

これがバングラディシュの子どもや学校を建設したことに対しての私たちの責任です。

 

 STUDY FOR TWOをはじめ、多くのボランティアは自分達ではない他の誰かとの関わりを持っています。だからこそボランティア活動は自分達のためのものでなく、他の人のためのものでもある。私たちはそこにある「責任」を忘れてはいけないし、どのようなカタチでその責任を果たすのか考え続ける必要があると思います。

 

  そして私たちが大学生活の時間を投資して行っているこの活動は、目的があり、それに対して責任を果たす、誇らしくとても価値のあるものになると思うのです。

 


 

 今回、新しい手段であるクラウドファンディングを用いて、新しい支援のカタチである学校建設を行いました。

 

 今後、教科書が電子書籍の普及に伴い本媒体でなくなるかもしれない、世界の成熟と共に就学率が100になるかもしれない。

 

そうしたときに私たちはどのようなカタチで「勉強したいと願う全ての子どもたちが勉強できる世界に」対する責任を負っていくのか

 

責任ある、誇り高い活動だからこそ、私たちの支援のカタチはしっかり考えていく必要があると思います。私たちの団体について、ボランティアについて、改めて考えさせられた渡航でした。

 

 

 

 

STUDY FOR TWO広島大学支部 
小倉萌

 

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